ストロングゼロ〜夜は終わる〜
久しぶりに来たこの商店街は若干の衰退を感じさせる以外は何も変わっていない。
土地に馴染んだ酔っ払いが今夜だけの笑顔で往来している。
悪くない
東京から7年ぶりにこの街へ戻ってきた。収入こそ下がったが、懐かしい土地を歩きながらそう思った。
馴染みの店は潰れていた。馴染みと言っても店主と話すわけでもなく、ただ1人で静かに飲んでいただけだが、それであってもすこし寂しさを感じる。
こじんまりした居酒屋へ入った。
カウンターに2人、奥の座敷では数人が楽しんでいるようだった。
酒と何品かのアテを頼んだ。程なくして運ばれてきた料理を食べる。
この土地は本当に肉も魚も美味しい。
ほどよく酔っ払ってきたところで会計をした。
外は少し肌寒い。あと数週間もすれば冬の寒さになることを思うと気持ちが重くなる。
少し歩いて目的の店に着いた。400円で食べることのできる豚骨ラーメン屋はこの土地ならではだろう。
時間は3時を回っていた。店内は泥酔した客がおのおのゆっくりラーメンをすすっている。懐かしい光景だ。
鼻につく独特の匂いが今日は心地よかった。
ラーメンを食べていると、少し離れた席から派手な服装をした50前後の女性が近づいてきた。足取りをみるにかなり酔っているようだ。
「あんた久しぶりやん。」
そう話しかけてきた女性に若干の見覚えがあったがどうも思い出せない。
「どうも…」
「懐かしかね〜こっちに住んどると?転勤ね?あたしのこと覚えとる?」
「すみません、ちょっと思い出せないのですがどこかでお会いしましたか?」
「あたしもだいぶ変わったんやね〜、ほらあんた1人でうちの店よく来てくれとったやん。」
そう言いながら笑った彼女の顔を見て思い出した。通っていたお店の女将さんだ。
今の彼女からは化粧っ気もなく割烹着を着て働いた当時の彼女を思い出せなかったようだ。当時は特に会話をした記憶がなかったので、明るく喋りかけてきた彼女に少し違和感を感じる。
「お久しぶりです。実は仕事を変えましてこちらにまた住みだしました。お店閉められたんですね。」
「そうなんよ、ちょっと主人が体壊してね。今はあたし1人でスナックやっとるんよ。」
「そうだったんですか、ご主人は今は?」
ビールを煽った後、昨年他界したと彼女は呟いた。
「今日は仕事中飲みすぎた、あんた今から暇しとると?」
「今からですか?まあ明日は休みですし少しなら。」
「ならうちのお店でしめてから帰らんね〜。」
少し戸惑ったがお世話になったこともあり、彼女について行くことにした。
タクシーで10分程走ると店に着いた。雑居ビルの奥まった店でカウンターだけの店だった。
「これで良かね?」
目の前にストロングゼロの500mlが置かれた。
「はい、ただこれは初めて飲みますね。」
「へぇ〜珍しい人もおるもんやね。良いお店ばっかり行っとるんやろ〜。」
そういいながら彼女は蓋を空け缶を煽った。
俺はこの酒を避けてきた。回りの人間でこれを飲んでいるやつにろくな人間がいなかったこともあるが、どうもこの酒を見ると先進国から後退していく日本の中でどうにか抗おうとする自分が無くなる気がするのだ。
「ほら、あんたも飲み、ツマミ出しちゃるけん。」
そう促され一口飲んだ。
悪くない
これでもかと言うぐらい人工的で舌に残る柑橘系の風味と、脳に直接染み渡るようなアルコールに人間の泥臭さを感じた。
「その包丁…」
明太子を切っていた彼女に思わず声をかけた。
店主の料理を作る手さばきが好きでよく見ていた俺には見覚えのある包丁だった。
「ん…これは…やっぱりね…」
彼女の声が無音の店内に響いた。
出された明太子を食べストロングゼロを飲む。
合わない
と言うかおそらく美味しい料理に合わせてお酒を楽しむ、そういった類の酒ではないのだろう。
彼女は隣に座り酒を煽りながら時折昔の話をした。
俺は只々聞いていた。
随分前に桃色吐息という歌があったが、憂いだ顔が魅力的に映る女という生き物はなんというか、あれだ。
こういうことなんだなと回らない頭で酒を煽った。
そして今の自分の感情、これからとるであろう行動を考えた。
そしてそれに伴って間違いなく襲ってくるであろう後悔が朧げになっていくのを感じ、少しだけ笑った。
やっぱりどうしようもねえ酒だ
次の日の朝、隣に寝ているババアを見て俺は死ぬほど後悔した
目が覚めたババアも後悔してそうだった